162回04 
 
 
江戸時代婦人列
 
出雲阿国
 
 出雲阿国は、出雲大社の巫女と称し、四条河原で念仏踊りを演じたのが歌舞伎の起源と云われいる。巫女の旅姿で、後ろに弟子を連れている。
 
【安土桃山時代】
 
豊公参朝列
 
 豊公の参朝のうちで、慶長元年5月の豊臣秀頼の初参台や同2年9月の元服の時が最も盛んであったと伝えられ、この列はその様子を表したもの。お供をする大名は「一日晴れ」というその日だけに許された規定外の華麗な衣冠装束に武家風の太刀を付けている。牛車の前後の大名は、実際にはより多人数だったそうである。
 
豊公参朝列
 
 説明では騎馬の大名は、前田玄以、石田三成、浅野長政、増田長盛(ましたながもり)、長束正家(なつかまさいえ)の五奉行を想定しているとのことであるが、牛車のあとの一名を入れても四名しか写っていない。多分撮り洩らしたのだろう。
 
高崎さん 沼島さん、写真がありましたらお送りください。
 
豊公参朝列
 
豊公参朝列
 
豊公参朝列
 
牛車
 
 牛車(ぎっしゃ)は、ビロウの葉で屋根を葺いた檳榔毛唐庇車(びんろうげひさしくるま)。御簾等の色文装具等は最高の様式となっている。
 
豊公参朝列
 
うしろの騎馬の人物も五奉行のひとりであろうか。
 
織田公上洛列
 
 織田公上洛列は、応仁の乱より衰微した京都の復興ため、上洛する織田信長を表したもの。永禄11(1568)年、織田信長は正親町(おおぎまち)天皇のお召しを受け、兵を率いて上洛。京の復興に尽くした。各武将の馬印に歴史ファンは興味のあるところ。
 
織田公上洛列
 
羽柴秀吉
 
 羽柴秀吉は勝色(かちいろ)日の丸胴丸に五七の桐紋の陣羽織、三ツ鍬形前立の兜を被っている。糸巻太刀を挿し、手には鞭を持っている。馬印は、大瓢箪の周りに五つの小瓢を下げた有名な千成瓢箪。
 
織田公上洛列
 
立入宗継
 
 信長を粟田口で出迎えたという立入宗継(たてりむねつぐ)は烏帽子に緑地の狩衣姿。
 
織田公上洛列
 
丹羽長秀
 
 丹羽長秀(にわながひで)は、永禄11年の箕作城(みつくりじょう)攻めでの功で、信長の重臣に。溜塗革包胴丸に拍子木紋の陣羽織、唐冠兜を被り、縹柄巻太刀と鞭を携えている。馬印は、拍子木紋小旗付馬聯(ばれん)。
 
織田公上洛列
 
織田公上洛列
 
織田公上洛列
 
滝川一益
 
 滝川一益(たきがわかずます)は、黒糸縅具足に赤地立で木瓜紋の付いた陣羽織、銀水牛脇立兜、茶柄巻革太刀に、手には扇を持っています。馬印は頭黒白毛膝革角取に四つ花びらの木瓜紋です。
 
【室町時代】
室町幕府執政列
 
 室町幕府執政列は、当時の武士の軽武装姿と、特徴的な風俗を表現している。騎馬小具足姿の足利将軍、幕府の執政にあたる三管領・四職の主要氏族と、公家や法中・博士、医師といった他の列では見られない人々が参列する。
 
写真は足利将軍
 
 足利将軍は、赤地金襴桐文様の鎧直垂に引立烏帽子、紺糸縅の喉輪・脇盾・佩盾の小具足姿。黒熊毛の貫(つらぬき)、重藤の弓と鞭を持っている。
 
室町幕府執政列
 
将軍補佐:細川氏
 
 将軍補佐は、大役で細川・斯波・畠山の三家が交替で就任した。藍糸縅の銅丸、金梨地の太刀、黒塗柄赤糸巻の長巻を持った唯一兜を付けた姿をしている。
 
室町幕府執政列
 
侍所所司:山名氏
 
 侍所所司は、代々山名・一色・赤松・京極氏の四職が交替で務めた。色々縅の銅丸に太刀、藤巻の弓姿である。
 
室町幕府執政列
 
評定衆:二階堂氏
 
 評定衆(ひょうじょうしゅう)は、政事を合議し、決裁する役。色々縅の銅丸に太刀、藤巻の弓姿。
 
室町洛中風俗列
 
 室町洛中風俗列は、風流傘を中心に笛や鉦、音頭取り、子役による太鼓打ち等の「中踊り」と、小袖姿で竹製のささらを持って踊る「側(がわ)踊り」で構成されている。
 
 藤森神社の藤森太鼓保存会、深草郷神輿会、女神輿会の中から、有志が「深草室町風俗列保存会」を結成し、室町中〜後期に男性が女装して踊り、庶民の間に流行したという「風流踊り(ふりゅうおどり)」を再現する。
 
室町洛中風俗列
 
風流傘
 
 
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